部署やチームで1つのIDとパスワードを使い回す共有アカウント(共用ID)は、多くの企業で今も使われています。共有アカウントには「誰が操作したか分からない」という構造的な弱点があり、事故が起きたときの原因究明を難しくします。一方で、共有アカウントが残っている現場には、それなりの事情があるのも事実です。この記事では、その事情を否定せずに整理したうえで、業務を止めずに共有アカウントの廃止へ進める手順と、どうしても残す場合の代替案を解説します。
共有アカウントが生まれる現場の事情
共有アカウントは、担当者の意識が低いから生まれるわけではありません。多くは次のような合理的な理由の積み重ねで定着します。まずはこの前提を共有しておくことが、廃止を進める際の出発点になります。
- ライセンス費用 — ユーザー数課金のサービスで、人数分のIDを用意すると費用が増えるため、1つのIDを共有する
- 引き継ぎの手間 — 担当者が変わるたびにID発行や設定をやり直すのが煩雑で、共有IDのまま引き継いでしまう
- 現場の慣習 — 受付端末や工場の共用PC、店舗のレジ端末など、複数人が同じ場所で同じ作業をする業務で、以前からそう運用されてきた
- システム側の制約 — 古い業務システムや一部の機器で、そもそも複数IDを作れない、または管理者IDが1つしか存在しない
これらは「なくすべき悪習」というより、コストと手間の制約のなかで選ばれてきた運用です。したがって廃止の議論も、現場を責める形ではなく、代替手段をセットで提示する形で進める必要があります。
共有アカウントに固有のリスク
共有アカウントのリスクは、1つのIDを複数人で使うという構造そのものから生まれます。
- 操作の追跡ができない — ログにはIDしか残らないため、実際に操作したのが誰なのかを特定できません
- 退職者や異動者が使い続けられる — 個人IDであれば無効化すれば済みますが、共有IDはパスワードを知っている全員が使える状態が続きます(退職者アカウントの棚卸しと削除も参照)
- パスワードが変更されないまま長期間使われる — 変更すると利用者全員への周知が必要になるため、変更が後回しになりやすくなります
- 多要素認証と両立しにくい — 認証コードの受け取り先を1人に固定すると、その人が不在のときに業務が止まるため、多要素認証の導入自体が見送られがちです(多要素認証の基本)
パスワードが共有され、変更されない状態が続くと、そのパスワードが外部に漏れた場合の影響範囲も読みにくくなります。漏えい時に何が起こるかはパスワード漏えいの影響で整理しています。
なぜ「追跡できない」ことが実務で問題になるのか
追跡できないという弱点は、平常時には目に見えません。問題になるのは次のような場面です。
- 事故時の原因究明 — 情報が外部に出た、データが消えたといった事象が起きたとき、共有IDの操作記録だけでは範囲を絞り込めず、対応が長引きます
- 内部不正の抑止 — 自分の操作が記録として残るという前提があること自体が抑止力になります。共有IDではこの前提が成り立ちません
- 監査や取引先への説明 — アカウント管理の状況を問われた際、共有IDの存在は説明が難しい項目になります(SCS評価制度の解説記事も参照)
業務を止めずに廃止へ進める手順
共有アカウントの廃止は、一斉に切り替えるとかえって業務が止まります。次の順序で段階的に進めるのが現実的です。
- 1. 棚卸しで洗い出す — どのシステムに共有IDがあり、誰が使っているかを一覧化します。この作業はIDの棚卸しとあわせて実施すると効率的です
- 2. 優先度をつける — 業務影響や取り扱う情報の重要度が高いものから順に着手します。すべてを同時に扱う必要はありません
- 3. 個人IDへ分割する — 分割できるものは利用者ごとのIDに切り替えます。ID発行と削除の流れをルール化しておくと、次の担当者交代でまた共有IDに戻ることを防げます(入社から退職までのIDライフサイクル)
- 4. 分割できないものは補う — システム側の制約で分割できない場合は、後述の緩和策で補います
洗い出した内容を記録・維持していく方法についてはアカウント管理台帳の運用と限界で扱っています。
どうしても残す場合の緩和策
技術的な制約で共有IDを残さざるを得ない場合もあります。その場合は、共有していること自体を前提に、次のような形で管理下に置きます。
- 利用者を限定して記録する — 使える人を必要最小限に絞り、誰が使えるかを台帳に明記します。利用申請や使用記録を紙や別システムで残すだけでも、追跡性は改善します
- パスワード変更のタイミングをルール化する — 定期的な変更に加えて、利用者が抜けたとき(退職・異動・委託終了)に必ず変更する、という条件を決めておきます
- 認証を強化する — 多要素認証が使えるかを確認し、難しい場合はアクセス元の制限やログイン先の端末を限定するなど、別の手段で補います(Windows OSログインの2要素認証も参照)
なお、これらは廃止の代わりではなく、廃止できるまでの暫定措置として位置づけるのが適切です。制約の原因となっているシステムを更新する機会に、あらためて個人IDへの分割を検討してください。
まずは自社の状況を確認する
共有アカウントがどこに残っているかは、棚卸しをしてみないと分からないことが多くあります。applippliの無料診断では、約3分の質問に回答するだけで、自社のID・アカウント管理の対応状況を確認できます。廃止の優先度を考える前の現状把握として、ご活用ください。
